知っているということ、例えば栄養療法

数年前から体調不良に悩んでいた友人からヘルプの手紙が届きました。

いよいよ体調が悪くて先が見えず、とても落ち込んでいる様子で、文面から泣きそうな彼女の顔が浮かんできました。

実は1年ほど前から、彼女の体調には栄養療法がよく効くのではないかなと思っていたのだけど、(うまく伝えられるかな。あやしいと思われると悲しいな。)と考えて二の足を踏んでいたのです。

けれど、今回の手紙を読んで(そんなこと考えてる場合じゃない!)と伝えることにしました。

もしかしたら栄養療法がとても効いて元気になれるかもしれないのに、「栄養療法」という方法を知らないことで苦しい時間が続くとしたら、そんなに残念なことはないですもの!

栄養療法という方法を知って、それを選ぶかどうかは彼女が決めること。

私は自分の体験と知っている情報、知識をしっかりと伝えることが、彼女のためにできること。

あと、彼女が元気になるように願う、応援することもできること。

そう思って、彼女への手紙を書きました。

手紙を書いていて、改めて気づいたことがありました。

私ずいぶん元気になったなぁ〜、と(笑)

2年半前、副腎疲労で倒れたころは、ほとんど寝たきりでした。

(この時、一般の病院で異常なしと診断を受けていました。)

通院もひとりでは難しく、車椅子をレンタルし、夫や友人に連れて行ってもらうという状態でした。

栄養療法に出会っていなければ、今頃どうなっていたかしらと思います。

そんな私が、友人の心配をし彼女が元気になることを願い、手紙を書いている。

誰かのために何かが出来ることって、自分を認めることが出来る、勇気がでることだなと、改めて確認したわけです。

話が脱線してしまいましたね(笑)

知っていて選ばないのと、知らなくて選べないのは、全くの別物です。

栄養療法に限らず、情報や知識を知っていること、あるいは情報のある場所を知っていることって大切ですね!

彼女が回復しますように。

今日も良い1日を♪

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